2010年04月20日

ジル・チャーチル『君を想いて』

〈2010年感想14冊目〉
君を想いて (創元推理文庫)
君を想いて
  • 発売元: 東京創元社
  • 価格: ¥ 798
  • 発売日: 2010/03/11

 〈グレイス&フェイヴァー〉シリーズの第5作目。順調に邦訳は刊行されていますが,本国では2005年に第6作目「Who’s Sorry Now ?」以降は発表されていない様子。好きなシリーズですので早期の刊行再開を望んでいます。

 ロバートとリリーのブルースター兄妹を主人公に据えた〈グレイス&フェイヴァー〉シリーズの第5作目。いつもながらに,というよりも,いつも以上にミステリ小説としては希薄な印象があります。個人的には最早大不況下のアメリカを元気に生きる兄妹の青春小説として楽しんでいる感があります。舞台となる時代は大統領がフーヴァーからフランクリン・ルーズヴェルトに代わり,明るい未来への兆しが少しずつ見え始めた頃。作中においてもロバートがルーズヴェルトの大統領就任式を眺めに行くなど巧みに歴史的事件が織り込まれています。ルーズヴェルトが行ったニューディール政策の成果も今後ロバートたちには大きく関わってきそうな気がします。このような時代の趨勢がきちんと背景として描かれていることがこの作品の好きな部分のひとつ。貧困の時代を明るくたくましく生きる人々の姿に魅力を感じます。

 今回,ロバートとリリーが挑むことになるのは養護療養所での雑務仕事。ロバートの怠け者気質が一世一代の素敵な発想に結びつくのが面白いです。お喋り好きの老婦人との会話も想像すると和みます。リリーはリリーで相変わらず苦労性のしっかりもの。この全く性格の異なるふたりのやり取りが大変好きです。重労働にも関わらず,どこか楽しげな雰囲気を漂わせているのがロバートとリリーならではといったところでしょう。残念なのは物語がほぼグレイス&フェイヴァー荘の外で進行するということ。御蔭でプリニーさんやミミら常連の姿をあまり見ることが叶いません。ハービンシャー兄弟がその分を補う活躍を見せてくれるのは楽しいけれど。本当にいい人たちです。ミステリとしてはこれまでの作品以上に物足りなさを感じます。養護療養所で起きた殺人事件の犯人の動機が結局不明瞭なままというのはやはり気持ちが悪いです。謎解きに期待している作品ではありますが,今回はミステリである必要性を感じさせないくらいの薄さでした。最早,不況下を懸命に生きる兄妹を中心とした成長物語ではいいのではないかと思います。それくらい少しずつ変わりゆく若者たちの姿が実に爽やかなのです。何時しか,ヴォールブルクに愛着を持つようになっていたロバートの姿が印象的なお話でもありました。

 ミステリとして読めば不満は残るのだけれど物語としては素直に満足という,ある意味でいつも通りの〈グレイス&フェイヴァー〉作品に仕上がっています。ミス・トゥイベルやパーカーなど今後の作品にも登場してきそうな人物が姿を見せたのも興味深いところ。続刊の早期の刊行を心から願っています。

 余談。いつもながらに表紙が素敵。掃除衣裳に身を包んだリリーが実に可愛らしいです。洗濯物をたくさん抱えたロバートもいいです。
posted by 森山 樹 at 06:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 感想
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/37242515
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

君を想いて
Excerpt:  しっかり者の妹リリーと気のいい兄ロバートの二人が活躍する「グレイス&フェイヴァー」シリーズの第5弾、「君を思いて」(ジル・チャーチル/戸田早紀:東京創元社)。「グレイス&フェイヴァー」とは、リリー..
Weblog: 本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館]
Tracked: 2010-10-10 14:21