2010年11月28日

ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死(下)』

〈2010年感想49冊目〉
陸軍士官学校の死 下 (創元推理文庫)
陸軍士官学校の死(下)
  • 発売元: 東京創元社
  • 価格: ¥ 1,029
  • 発売日: 2010/07/10

 19世紀アメリカを舞台とした歴史ミステリ『陸軍士官学校の死』の後半部分です。上巻の感想はこちらから。ちなみに原題は『The Pale Blue Eye』となっています。何故,邦訳題がこの原題と全く関係のないものになったのかは不明。個人的には作者の意志を尊重する意味において,ある程度は原題の意図を組んだものにして欲しいなと思います。

 19世紀アメリカの陸軍士官学校で発生した呪術趣味に彩られた殺人事件の謎に迫る元警官ランダーと後の文豪ポオの活躍を描いた『陸軍士官学校の死』の下巻です。縊死した士官候補生の心臓が抜き取られていた猟奇事件は遂に連続殺人事件へと発展しました。終始,鬱蒼とした雰囲気の中で語られる真相は更に陰鬱なものでした。そして,その真相自体が二重構造となっており,一度は閉じた事件の裏で動いていたもうひとつの事件が語られる構成が大変楽しい。手記形式で語られる物語であるが故にミステリを読み慣れた人であれば,ある程度は事件の裏側を容易に推測出来る筈。ただ,だからといって,それが物語の面白さを阻害する結果に陥ってはいないのが素晴らしい。上巻で丹念に張られた伏線が解消する爽快感も味わうことが出来ます。ただ,やはりいささか反則気味な気分は否めず。まあ,面白ければ,それでいいのですけれど。その意味からすると全く問題はありません。

 ランダーとポオの奇妙な友情関係は相変わらず素敵。ただ,ポオが令嬢リーに愛情を捧げ始めたことを契機にふたりの関係にも暗雲が立ち込めてきます。この辺りの描写も興味深い。ふたりが抱える孤独がある意味では物語の中心であると言っても過言ではありません。詩情豊かなポオが醸し出す独特の雰囲気がたまらなく好き。ランダーの手記部分とポオの報告書とで明らかに文体を使い分けていることが邦訳からでもはっきりと分かります。物語としても割合に起伏の少なかった前半部分に比較して,後半は様々な場所が舞台となり動きが大きくなるのが楽しい。相当の長篇作品も関わらず,冗長さを殆ど感じることはありませんでした。ランダーの着実な捜査とポオの独特の発想に因る事件解決への経過も均衡が取れていて楽しい。また,全ての真相を知った読後に改めて細部を思い出すと新たな発見を得ることが出来ます。特に上巻において不自然に感じていた描写の数々が全てひとつの方向を指示していたというのが素敵。この辺りの構成力は素晴らしいです。ランダーやポオ以外の登場人物も実に個性的なのが楽しい。上巻では地味な存在だったヒッチコック大尉が妙にお気に入りの人物となってしまいました。パッツィの演じる役どころも意外性があって面白かったです。個人的には上巻で予想していた事件の真相が割と惜しいところを掠っていたのが嬉しかったです。尤も,手記形式である以上は予想出来て当然ではあるのですけれども。

 久々に大絶賛の海外ミステリでした。確かに重厚ではありますが,決して読み難くはありません。登場人物もそれなりに多いのですが個性がはっきりとしているので戸惑うことも少ない筈。遣り切れなさの残る仄暗く哀しい物語ではありますが,決して読了感は悪くありません。この類の作品が好きな人には胸を張ってお薦めできる作品であると断言できます。

 余談。作者のルイス・ベイヤードは他にヴィドックやウォルター・ローリー,更には『クリスマス・キャロル』の登場人物を主人公に据えたミステリも作品としてあるみたいですね。実に自分の嗜好に一致する作品ばかりですので,今後の邦訳を期待したいと思います。
posted by 森山 樹 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想
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