2011年03月26日

米澤穂信『折れた竜骨』

〈2011年感想4冊目〉
折れた竜骨 (ミステリ・フロンティア)
折れた竜骨
  • 発売元: 東京創元社
  • 価格: ¥ 1,890
  • 発売日: 2010/11/27

 魔術や呪いが跋扈する中世イングランドを舞台としたミステリ小説。ちなみにこの時代を舞台に選んだ理由はシュルーズベリの修道士カドフェルの面影が残る時代だったらからとのこと。その想いは大変よく分かります。魔術や呪いなど超自然的な力が実在する中で起こった事件に推理の力をもって立ち向かう主人公の姿が印象的な作品であります。

 中世イングランドはソロン諸島で起きた謎めいた領主殺人事件が中心となるミステリ小説です。暗殺騎士や不死のデーン人の軍隊,サラセン人の魔術師,ザクセンの遍歴騎士,更にはマジャル人の女傭兵など物語を彩る胡乱な人物たちが実に楽しいです。ミステリとしても然ることながら,この世界観が雰囲気を出しており大変に好み。陰鬱な情景は中世イングランドに似つかわしく思えます。ミステリとしては割合に先が見通し易い作品ではありますが,そのことが全く気にならないくらい楽しむことが出来ました。雰囲気を楽しむ作品と言っても過言ではありません。何処か余韻の残る結末も印象に残ります。加えて,様々に個性的な登場人物の魅力も素晴らしい。但し,登場人物がそれなりに多いことも相まって,それぞれの周辺の書き込みが薄く思えたのは残念でした。誰一人をとっても実に素敵な物語となりそうなのですよね。御都合主義に思える箇所もないではありませんが,それを指摘するのは野暮というものでしょう。要は楽しめれば,それで良いのです。そして,その一点において優れた作品であったように思います。ここまで自分好みの作品も近年なかなかありません。

 主人公は暗殺されたソロン諸島の領主の娘アミーナ。聡明で行動力のある女性ではありますが,逆に地味に感じる部分もあります。語り手であるが故にそれ程目立った部分がないのが少し残念。領主殺人事件の謎を追うのは聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士ファルク・フィッツジョンと彼の従者ニコラ。探偵役という意味合いでは此方の方が主人公に相応しいかもしれません。特に中盤以降はニコラがアミーナとともに殆ど主役の様な働きを見せてくれます。ファルクは年長者らしく落ち着いた思考と行動が格好いい。推理を駆使する彼の論理的な思考は正に探偵そのもの。まさか,関係者全員を集めて犯人を糾弾する“儀式”まで行うとは思いませんでしたが。また,呪われたデーン人トーステン・ターカイルソンもなかなか興味深い人物。その呪い故に死すこと能わぬ身ですが,領主殺人事件と同時期に起こった呪われたデーン人の軍隊によるソロン諸島襲撃で活躍を見せてくれます。何故,同族であるデーン人に敵対してまでアミーナを助けるかの謎解きも物語の主軸のひとつ。彼が従う主の意外な正体も面白い。トーステンと彼の主に課せられた重い運命も考えさせられます。彼らの行く末に満足ある終焉があれば,よいのですが。他ではザクセンの遍歴騎士コンラート・ノイドルファーとマジャル人の女傭兵ハール・エンマが大のお気に入り。特にコンラートの潔さが実に格好いい。終盤のニコラとの会話が実に素敵です。また,サラセン人の魔術師スワイドも青銅巨人を操る活躍を見せます。この魔術を駆使する特異な存在が全く違和感なく溶け込む世界観が素敵過ぎます。イテルとヒムのウェールズ人兄弟も格好いい。デーン人の軍勢の襲来に際して集まった傭兵たちの何れもが個性豊かで魅力的に過ぎます。でも,やっぱり,コンラートが一番好きだなあ。

 久しぶりに読み終わることを辛く感じてしまう作品でした。魔術や呪いという反則的な領域に触れながらもミステリとしてきちんと成立しているのがたまらなく素敵。御都合主義も多分に感じますが,それは物語を面白くする為の要素であって瑕疵とはなり得ません。余韻ある哀しい結末も実に印象的。続きを書けそうな終わり方となっていますが,本作に関しては本作をもって終わらせるほうが美しいように思います。勿論,続篇が刊行されるなら,それはそれで嬉しいのですが。
タグ:米澤穂信
posted by 森山 樹 at 19:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 感想
この記事へのコメント

はじめまして。いつも楽しみにHP拝見させて、本を読む時の参考にさせていただいています。

この本、初めてその存在を知ったのですが、とってもおもしろそうですね!
中世の薄暗い雰囲気が大好きなので(魔術とかも含めて)とても興味深いです。

しかも騎士様が探偵なのですね。ちょっと珍しい組み合わせで、騎士(またはファンタジ)好きとしても心惹かれます。

ぜひ読んでみようと思います! 素敵なご本の紹介ありがとうございました。


♯実は以前から、拙宅のブログからこちらの森山様のブログにリンクをはらせていただいておりました。
よろしければご確認くださいませ。
Posted by マユリ at 2011年03月27日 18:38
>マユリさん
書き込み&リンクありがとうございます。
『折れた竜骨』は大変お勧めの作品です。
世界史趣味者的にも満足しました。
あまり国内ファンタジィには感じない薄明かりの雰囲気が好みです。
是非御一読されることをお勧めします。
なかなか得難い読書体験になるかと思います。
Posted by 森山 at 2011年03月29日 20:59
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