2011年12月03日

東直己『探偵はバーにいる』

〈2011年感想29冊目〉

 十年以上ぶりに読んだ〈ススキノ探偵〉シリーズの記念すべき第1作目。第2作目『バーにかかってきた電話』を原作とする映画『探偵はBARにいる』の公開に合わせての読書です。久しぶりに読むことで自分が受ける雰囲気がかなり変わったのを感じます。それが成長と言えるかどうかは微妙。なお,映画で〈俺〉を演じるのは大泉洋。かなりのはまり役だったように思います。

 北海道は札幌の繁華街ススキノを舞台とするハードボイルド小説の第1作目。大学の後輩からの依頼で失踪した彼女を探すことになった〈俺〉が巻き込まれた怪しげな事件が描かれます。主人公の〈俺〉は決してスーパーヒーローではありません。ヤクザに脅されて見栄を張り,女に騙され,不良の奇襲を受けてぼこぼこにされる。麻薬の栽培や違法な賭博で生活費を稼ぐという寧ろ裏社会の末端に属しているとも言うべき人物です。最大の魅力はその軽妙な語り口。好き嫌いは分かれるところでしょうが,ヤクザ言葉を交えた北海道訛りの会話が実に好み。残念ながらススキノを中心とした札幌の地理に明るくはないのですが,このあたりも詳しい人なら楽しめるかもしれません。〈俺〉を取り巻く人物も癖があって楽しい。北海道日報の新聞記者である松尾や北海道大学の大学院生・高田,桐原組の若頭・相田などは後の作品でも〈俺〉の友人,協力者として大いに活躍してくれます。また,題名からも分かるようにバーが重要な場所として登場するのも楽しい。特に本拠地とも言えるケラー・オオハタでの瀟洒な会話は大人の雰囲気が漂う素敵なもの。〈俺〉が塒にする気持ちがよく分かります。こういう行きつけのバーを持ちたいものです。

 舞台となるのは1984年くらい。ですから,現在からすれば既に郷愁が溢れる時代です。しかし,そこに古臭さを感じさせないのが素晴らしい。やたらとタフではあるものの腕っ節が強いわけではなく,推理が冴えるわけでもない〈俺〉が泥臭く這いずり回りながらも真相へと辿り着く姿が楽しめます。ミステリとして期待すると肩透かしに終わるかもしれません。探偵の明快な推理を堪能する爽快感を味わうお話ではなく,ハードボイルドを気取る〈俺〉の活躍を堪能する物語と言えるでしょう。ですから,〈俺〉を始めとする登場人物に愛着が持てれば充分に楽しめる筈。個人的には本質的な部分でお人よしが垣間見える〈俺〉を愛してやみません。決して褒められた生き方をしている人物であるとは言えないのですけれどね。軽い性格の内に秘めた芯の強さに心惹かれます。単純に正義感の持ち主でないというのも現実的で良い。〈俺〉と高田や松尾,それに相田との距離感が至極素敵です。また,緩い部分は徹底的に緩く,緊張感のある場面は張り詰めるという強弱が明確な展開も好み。舞台が札幌の裏社会という関係上,暴力や売春など唾棄すべき描写もありますが,個人的には充分に許容範囲内です。大学の後輩からの小さな依頼が意外な方向に進展するのも楽しい。全ての真相が明らかになる結末の悲哀に満ちた余韻は特筆もの。そこに苦味と皮肉を感じさせるのもたまりません。事件の重要な鍵を握るモンローと呼ばれる女性の艶やかな存在感も素晴らしい。ただ,やはり〈俺〉の魅力が全てだと思うのですよね。格好良さと格好悪さの境界線上にある〈俺〉が少なくとも自分には格好良く思えて仕方がない。ある種,こうありたかったと思わせる人物です。それはそれで困ったことになるのでしょうけれども。

 久しぶりの再読ということでしたが,以前に読んだ時よりも遙かに楽しめました。冗長感も確かにあるのですが,それを含めて作品の魅力という印象。作者の処女作ということもあり未熟さも感じますが,それが逆に〈俺〉の未熟さを醸し出しているように思えます。何はともあれ,今後の作品も再読したいと思える読書でした。それなりの時間を経て,新たな印象で読書を楽しめる作品というのも嬉しいものです。

 余談。本作で重要な役割を果たすモンローは第10作目『旧友は春に帰る』で再登場とのこと。自分が以前に読んだのは『消えた少年』までの筈なので,最新作に到るまで折を見て読んでいこうと思っています。楽しみ。
タグ:東直己
posted by 森山 樹 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 感想
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Tracked: 2011-12-04 22:25