2013年05月06日

東直己『探偵は吹雪の果てに』

〈2013年読書感想7冊目〉

 〈ススキノ探偵〉シリーズ長篇第5作目。劇場版『探偵はBARにいる2』の公開も間近に迫り,一応は盛り上がっているのかなあ。映画は第1作目が素直に面白かったので,第2作目も公開から魔を置かずに鑑賞したいと思っています。というか,映画観てから〈俺〉が完全に大泉洋のイメージになってしまっています。それだけ,はまり役だったということなのでしょうか。少なくとも個人的にはかなり珍しい事案に思えます。

 前作『探偵はひとりぼっち』から十数年経ち,45歳となった〈俺〉を主人公とするハードボイルド小説。年齢を重ねて中年となった〈俺〉ですが,不器用に無頼の生活を送っているのは相変わらず。但し,相応に彼を取り巻く環境は変化しています。何よりも彼自身が春子と結婚し,子供を授かり,離婚するという波乱の経験をしているというのが驚き。友人である高田はミニFM局のDJとなっています。そんな〈俺〉ですが,やっていることは若い頃と然して変わらないというのは嬉しい。人間は変わるものですが,やっぱり変わって欲しくない部分と言うのも存在しているのです。ある意味でシリーズの仕切り直しとも言える今作ですが,舞台が札幌ではなく斗己誕という寂れた街というのも目新しい。入院先で知り合った昔の恋人からの依頼を受けて手紙を届けることになった〈俺〉が巻き込まれたのは街ぐるみの犯罪。孤立無援の中でも愚直に真実を求めて走る〈俺〉の姿に年齢は全く関係ありません。やっぱり格好いいのだよなあ。自分に何の得にならないことでも,昔の恋人から頼まれたというただ一点において,誇りをかける姿が眩しく思えます。こういう格好良さこそを求めたいもの。事件そのものは例によって大した謎を秘めているわけではないのですが,〈俺〉の戦いを存分に楽しむことが出来ます。特に今回は舞台が札幌ではないということで,高田や松尾,桐原といった連中の直接的な協力を仰ぐことが出来ないこともあり,緊迫感がありました。尤も,暴力団組長としての桐原の人脈には多分に助けられた点は否めませんけれども。また,桐原の紹介で助力を仰いだ廃品処理回収業者のセンザキ老人もなかなか味わいのある人物です。いつか,またシリーズに姿を見せて欲しいなあと思います。何はともあれ,年齢を重ねても落ち着くことを知らない〈俺〉の活躍を堪能することが出来ました。

 今作において重要な役割を果たすのが〈俺〉のかつての恋人である純子。〈俺〉よりも15歳年上である彼女の存在が物語を通じて影を落としています。この純子と〈俺〉の再会と別離があまりにも切なすぎます。人生経験を重ねた者同士が醸し出す雰囲気が純粋に美しい。『探偵はバーにいる』で幽かに触れられていた十年前に〈俺〉を守って死んだ女性こそが恐らくはこの純子なのですよね。『探偵はバーにいる』時点で何処まで構想があったのかを知る術はありませんが,この上もなく美しい形での布石になったように思います。そして,この再会を経ての再度の別れに対する〈俺〉の感慨があまりにも格好いいのです。若者同士の恋愛譚よりも年を経たふたりの関係に魅力を感じてしまうのは自分が年を重ねた証拠でもあるのかなあ。それはそれで認め難いことでもありますけれども。今作において春子の直接の登場はなかったわけですが,彼女の現在の姿も見てみたいもの。恐らくは〈俺〉をまだ愛してはいるけれども,その生き方に同行することは出来ないと悟ったということなのだと思います。15歳になっている〈俺〉の息子の登場もあり得るのかなあ。少なくとも,今作の記述によると春子ともども交流はあるようなので,今後のシリーズでの登場を期待したいものです。まあ,〈俺〉に家庭生活は似合わないので復縁するとかいうことはないでしょうけれどね。〈俺〉にはいつまでも悟り切らず,人生を足掻いて欲しいと勝手ながら思っています。その姿こそが〈俺〉には似つかわしい筈です。

 シリーズの仕切り直しといった色合いの強い作品ですが,これまでの長篇の中では一番好きな物語かもしれません。あまりにも切なすぎる結末の余韻がたまらなく印象的。やはり〈俺〉の生き方こそが最大の魅力なのですよね。昔の恋人の為にボロボロになりながらも真実を追い求める〈俺〉の姿はまさに憧憬そのものであります。年を重ねて人間的な深みを増した感も多分にあり,今後の〈俺〉の活躍に大いに期待を持たせる作品でありました。尤も,この語られざる15年間の出来事もいずれ如何なる形でもいいので明らかにして欲しいものです。

 余談。劇場版の第2作目は『探偵はひとりぼっち』なのだけど,もし第3作目があるならば,この『探偵は吹雪の果てに』を原作にして欲しいと思います。それだけの魅力はある筈。ただ,高田の出番が少なくなってしまうのは難点よね。下手に〈俺〉に同行させるわけにもいかないですし。
posted by 森山 樹 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想
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