2013年05月28日

朝松健『邪神帝国』

〈2013年読書感想8冊目〉

 創土社から復刊されたクトゥルー神話中短篇集。表紙からも分かるようにナチス・ドイツとクトゥルー神話とを絡めた物語が織り成されます。元々,ナチス・ドイツの指導者層は超自然に傾倒した人物が多いのでこの手の邪神神話群と相性は頗る良いのですよね。〈The Cthulhu Mythos Files〉は順調に作品が刊行されているレーベルなので今後も期待をしたいところです。

 7篇が収録されたクトゥルー神話中短篇集。いずれもナチス・ドイツ或いはアドルフ・ヒトラーとクトゥルー神話の関わりを描いた作品となっています。この組み合わせは如何にも相性がよろしい。また,ヨス=トラゴンという神性が物語に大きな比重を占めているのも特徴的と言えるでしょう。なお,このヨス=トラゴンは朝松健が独自に考案したものではなく,ハワード・フィリップス・ラヴクラフトとクラーク・アシュトン・スミスとの間で交わされた書簡の中に登場する神柱であります。尤も,その詳細な設定は朝松健の独自のものではありますけれど。また,全般的に魔道書が折に触れて登場するのもその筋の愛好者としては嬉しい。物語が如何にもクトゥルー神話らしい,絶望的な結末を迎えるのも好みです。それ程恐怖感を覚えることはなかったけれど,これもまたある意味ではクトゥルー神話の文法に則ったと言えるのではないでしょうか。陰鬱で腐臭漂う湿った雰囲気が生理的な嫌悪感を抱かせるのがかえって魅力的であります。個人的な趣味から言えば,史実に創作を絡める物語展開が大変に楽しい。但し,クトゥルー神話の予備知識はそれなりに必要でありましょう。或いはクトゥルー神話好き以外の人が読むにはやや厳しさも感じますが,そういう人は本書を手に取ることはないだろうから問題はないのかな。いずれにせよ,クトゥルー神話の愛好者ならば,存分に楽しめる作品が揃っているように思います。クトゥルー神話とナチス・ドイツという幸せな悪魔合体がたまらなく素敵であります。

 収録されている作品はいずれも好みですが,「ヨス=トラゴンの仮面」と「狂気大陸」が双璧かなあ。「ヨス=トラゴンの仮面」はこの連作で繰り返し登場するヨス=トラゴンの遺物を巡る重要な物語。トゥーレやロンギヌスの槍といった如何にも神秘趣味的な言葉が物語を彩ります。対立するハインリッヒ・ヒムラーとルドルフ・ヘスとの代理魔道合戦という趣も実に楽しい。また,今作で登場する魔術師クリンゲン・メルゲルスハイムは他の作品でも重要な役割を担います。まさに本書の中核を担う物語と言っていいでしょう。日本人青年将校の神門帯刀とナチスの情報員クララ・ハフナーの主役ふたりも魅力的。特にルーン魔術を駆使して邪神眷属に立ち向かうクララ・ハフナーにはこの種の物語の醍醐味を感じざるを得ません。このふたりの更なる活躍も期待したいところ。「狂気大陸」はその名のとおりラヴクラフトの「狂気山脈」の続篇に位置する物語。アルフレート・リッチャーによるノイシュヴァーベンラント遠征という史実と「狂気山脈」という創作を巧みに織り交ぜる手腕が素晴らしい。近代兵器をもって南極に眠る邪神と対峙するナチス・ドイツという狂気の戦いがたまらないものがあります。ミスカトニック大学による報告書という形で「狂気山脈」の内容に触れられているのも心憎い。切り裂きジャックとナチス・ドイツという異形の組み合わせが楽しめるのが「1889年4月20日」。切り裂きジャックの真の目的があまりにも意外過ぎます。実在した魔術師S.L.メイザースの登場も楽しい。ヒトラー暗殺計画にクトゥルー神話を加味した「怒りの日」もかなり好み。吐き気を催す程に生理的嫌悪感を駆りたてる描写に心惹かれてしまいます。他の創作でも扱われることの多いクラウス・フォン・シュタウヘンベルクによるヒトラー暗殺計画をクトゥルー神話的に描くとこうなるという見本のような作品です。「ギガントマキア1945」と「夜の子の宴」もそれぞれに魅力的。Uボートや無名祭祀書などの使い方が素晴らしい。冒頭の掌編「“伍長”の自画像」は題名でネタばれされているのが難点ですが,絶望の未来を予感させる結末が良い。今後の日本の破滅への道に想像力が刺激されます。

 正道を行くクトゥルー神話小説を堪能いたしました。怪奇趣味に歴史趣味を付加する作風が如何にも自分好みであります。ヨス=トラゴンやクリンゲン・メルゲルスハイムらを一度きりの登場に留まらせず,繰り返し物語の中で陰日向に姿を見せることで存在感を強調しているのもいいですね。各篇がそれぞれに影響を及ぼし合い,重層的な構造となっているのもたまらなく素敵。この世界観に基づく,更なる連作を期待したいところであります。先ずは創土社から順次復刊或いは新刊されるであろう作品を楽しみに読み続けて行きます。

 余談。槻城ゆう子による表紙絵の美しさが筆舌に尽くし難い。赤く光る瞳のナチス・ドイツ将校と赤薔薇の半裸の美女,そしてふたりの後ろに禍々しく掲げられた鉤十字。狂気と邪悪を備えた美しさに思わず陶酔してしまいます。たまらんなあ。
タグ:朝松健
posted by 森山 樹 at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/68477709
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック