- 香菜里屋を知っていますか
- 発売元: 講談社
- 価格: ¥ 1,680
- 発売日: 2007/11/29
数ある北森鴻の作品のうちでも≪蓮丈那智フィールドファイル≫と並んで大好きなのが,この≪香菜里屋≫シリーズ。第一作目『鼻の下にて春死なむ』はそれほど強い印象の作品ではなかったのですけどね。改めて読むと印象は変わるのかな。
『花の下にて春死なむ』『桜宵』『螢坂』と続いた≪香菜里屋≫シリーズの完結編。4つの短編と1つの後日談から構成されています。この後日談は『孔雀狂想曲』の越名集治,『狐罠』の宇佐美陶子,そして『凶笑面』の蓮丈那智と北森鴻の作品を代表する3人が一堂に会する豪華な演出となっています。これは素直に嬉しいところ。思えば,『狐罠』でこの3人が集まったのも香菜里屋だったのですよね。香菜里屋は迷い家だったという蓮丈那智の意見があまりにも的を射ているように思います。そして相変わらずマスターの工藤が作る料理が美味しそうなんだ。これもシリーズの魅力のひとつですよね。
収録されている4編はいずれも“別れ”を題材にした作品ばかり。シリーズの完結編に相応しい作品揃いです。これまでのシリーズの中で姿を見せてきた常連たちの物語はどれも静かに,けれども深く心に沁みるものばかりです。どの作品も忍び寄る香菜里屋の最後の日を予想させる寂寥感に溢れていて,読んでいて聊か感傷的にさえなってしまいます。そして「終幕の風景」の結末は常連たちから愛されてきた香菜里屋の最後を彩る演出が心憎い。自分も香菜里屋の常連だったかのような想いにさえ駆られてしまうのは,それだけこのシリーズに愛着が深かったということなのでしょう。後日談「香菜里屋を知っていますか」は越名集治,宇佐美陶子,蓮丈那智の3人の視点から語られる香菜里屋閉店と工藤の秘密の過去の物語。それ程意外性のある結末ではなかったけれども,いかにも工藤らしい逸話となっています。「終幕の風景」で工藤が書いた親友である香月圭吾への手紙も本当に工藤らしい誠実なもの。個人的にはミステリとしてではなく,端正な一編の物語として,このシリーズに心惹かれるのです。聊か苦い結末となることも多かったこのシリーズですが,今作は基本的にどれも後味がそれほど悪くない点にも好印象。特に「背表紙の友」は大好きな物語。「ラストマティーニ」も結末は見えやすいけれども,だからこそ余計に語りのうまさが光る作品だと思います。
もう少し続いて欲しかったなという想いもありますが,これくらいで終わるのが似つかわしくも感じます。いつかまたどこかで香菜里屋に,そしてマスターの工藤に出逢える日を願って止みません。三軒茶屋の静かなビアバーが北森鴻の作品に戻ってくることを心待ちにしています。
