2014年09月15日

鯨統一郎『歴史バトラーつばさ』

〈2014年読書感想5冊目〉
鯨統一郎『歴史バトラーつばさ』


 日本文化の研究を巡って鎬を削る〈和風研〉と〈SOJ〉との間で交わされる熾烈な歴史討論を描いた学園歴史ミステリィ短篇集です。但し,同作者の『邪馬台国はどこですか?』に始まるシリーズを期待するとかなり当てが外れるかもしれません。扱われる題材は「千利休」「松尾芭蕉」「出雲阿国」の三題。どれもかなり薄味で定説に毛が生えた程度の目新しさしかないのが悲しい。それでも「出雲阿国」はそれなりに面白かったけれども。問題は無駄に多い登場人物が機能していないということとあまりにも軽すぎる地の文が上滑りしているように思えること。面白くないわけではないのだけれど,娯楽小説にしても後に全く残らないというのは悲しいものがあります。時間潰し以外の何物でもないのだものなあ。特異な設定と奇矯な登場人物が舞台装置としての役割を果たしていないように思えるのですよね。これなら普通に女子高生が喫茶店で茶飲み話をしているというのと然して変わりありません。〈和風研〉と〈SOJ〉を巡る大人たちの策動も思わせぶりなだけで終わってしまっています。或いは続篇が予定されているのかもしれませんが,続きへの希求心に欠けてしまっては元も子もないと思うのですけれどね。結局,バカミスとしても中途半端な印象しか残りません。『邪馬台国はどこですか?』の頃の異常に濃密で意外性のある歴史談義を求めることは最早無理なのかなあ。あまりにも残念すぎる作品でありました。

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2014年09月14日

秋梨惟喬『矢澤潤二の微妙な陰謀』

〈2014年読書感想4冊目〉
秋梨惟喬『矢澤潤二の微妙な陰謀』


 オカルトを題材としたミステリィ短篇集です。題名にある矢澤潤二が必ずしも主人公ではないのが面白い。各篇の核心部分にいるのは事実なのですが,その存在の真意も目的も正体も不明なまま。煙に巻かれたようなもどかしい読後感が残ります。それがまた楽しいと言えば,それまでなのですけれども。個人的には所謂狭義のミステリィ小説とは言い切れないものを感じましたが,広義で言えばミステリィ小説に分類するしかないのかな。不思議な味わいに満ちた作品集であります。収録されているのは全部で6篇。超能力やUFO,埋蔵金伝説,風水といった胡乱な事象が好きな人間にとってはたまらない題材が扱われるのは嬉しい。明快な真相が提示される作品はひとつもありませんが,それが却って不思議な味わいを醸し出しています。どの作品も胡散臭いことこの上ないのですよね。特にお気に入りはUFOと宇宙人を扱った「コズミック・ラヴ作戦」と風水を扱った「ドラゴン・バスター作戦」のふたつ。どちらも容易に真相は見抜けるのですが,そこに至る過程が面白かった。真面目に読んでいると馬鹿らしさも感じてしまいますけれどね。肩の力を抜いて,軽い気持ちで法螺話を楽しめばいいと思います。読前に思っていたのとはやや方向性は違いましたが,それなりに楽しめる作品でありました。偶にはこのような作品に触れるのも悪くないものであります。

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2014年07月06日

ピーター・トレメイン『翳深き谷(下)』

〈2014年読書感想3冊目〉
ピーター・トレメイン『翳深き谷(下)』


 キリスト教受け入れを拒む禁忌の谷グレン・ゲイシュを舞台とした連続殺人事件の謎に迫る修道女フィデルマの活躍を描く作品です。フィデルマと同じくキリスト教布教の為にグレン・ゲイシュを訪れた修道士ソリンが殺害されることで物語は大きく動きます。ソリン修道士殺害の容疑者としてフィデルマ自らが拘束されてしまうという展開も興味深い。彼女の無罪を証明する為に尽力するエイダルフの活躍も見事でありますが,それよりもグレン・ゲイシュのドゥルイドであるムルガルの存在感があまりにも素敵すぎます。異なる信仰を持つということで悉くフィデルマとは対立するのですが,その論理的で冷静な知性はあまりにも魅力的。論敵でありながら,公正な立場からフィデルマの協力者といった立ち位置も見せてくれます。また,女傑オーラも意外に好感度が高い。逆に最初はキリスト教を受容する為に理解者的な立場であったラズラが態度を豹変させることに面白さも感じます。そもそもの事件の発端であったグレン・ゲイシュの入り口で見つかった三十三体の若者の遺体を巡る謎とソリン修道士を始めとする連続殺人事件の謎,このふたつの事件を鮮やかに解き明かすフィデルマの推理がたまらなく楽しいです。但し,上巻冒頭に誤導の為に置かれた導入篇はやや露骨過ぎた感があります。消去法で直ぐに真犯人が分かってしまいますからね。尤も,だからといって物語の面白さを損ねているわけではありません。中世アイルランドを舞台とした独特の雰囲気を味わえる正統派のミステリィとして存分に楽しい作品でありました。
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2014年05月25日

ピーター・トレメイン『翳深き谷(上)』

〈2014年読書感想2冊目〉
ピーター・トレメイン『翳深き谷(上)』


 西暦7世紀のアイルランドを舞台とした〈修道女フィデルマ〉シリーズの長篇第6作目。古の神々を信奉する禁忌の谷グレン・ゲイシュで発生した殺人事件の謎に修道女フィデルマとサクソン人の修道士エイダルフが挑むことになります。三十三人の若者が惨殺されるという儀式めいた事件が非常に魅力的。また,フィデルマとエイダルフを迎え入れるグレン・ゲイシュの人々の胡乱さがたまりません。特にグレン・ゲイシュの族長であるラズラに仕えるドゥルイドのムルガルの存在が興味深い。キリスト教の信徒であるフィデルマと立場を異にする為に悉く対立しますが,それでいて何処となく憎めない感じもあるのですよね。論理的で怜悧な知性もフィデルマに匹敵する雰囲気を漂わせます。また女傑と呼ぶに相応しいラズラの妹オーラやフィデルマと同じくキリスト教を広める為にグレン・ゲイシュを訪れたソリン修道士なども油断の出来ない存在に思えます。個人的には美貌の薬草治療師マルガが気になるところであります。物語はまだ前半ということでグレン・ゲイシュの入り口で発見された三十三体の円形に配置された亡骸の謎をフィデルマたちが追っている段階。但し,不穏な雰囲気が徐々に高まって行くのを感じます。グレン・ゲイシュ側もキリスト教を受け入れようとするラズラに対するムルガルやオーラといった図式となっており決して一枚岩とはなっていません。やがて勃発するであろう更なる事件の予感が物語への期待感を否が応にでも高めてくれます。やはり〈修道女フィデルマ〉シリーズの雰囲気を愛して止みません。
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2014年05月11日

水野良『ロードス島戦記(4)火竜山の魔竜(下)』

〈2014年読書感想1冊目〉
水野良『ロードス島戦記(4)火竜山の魔竜(下)』


 上巻に引き続き『ロードス島戦記(4)火竜山の魔竜(下)』を読了。水竜エイブラ,そして魔竜シューティングスターとロードス島に巣食う五色のドラゴンのうちの2体との戦いが描かれる巻であります。そして,カシューとアシュラムの一騎打ちも用意されています。また,今後のロードス島の歴史を大きく左右することになる魂の水晶球が登場するなど,続巻への布石も非常に楽しい。後にパーンの仲間となるグラスランナーの吟遊詩人兼盗賊のマールの初登場もあるなど盛り沢山の内容となっています。とは言え,やはり中心となるのは狂戦士オルソンの物語。ドラゴンの咆哮で怒りの感情が恐怖に打ち消されるというのはゲームの設定的にも非常に納得。シーリスを守る為に自らを狂戦士化して散っていくという最後も予定調和ながら格好いいです。また,魔竜シューティングスターも古代王国の魔法に縛られていたという設定が面白い。カシュー,アシュラム,パーンというロードス島を代表する戦士が一堂に会してのドラゴンとの戦いは燃えます。それをスレイン,レイリア,ディードリット,セシル,ホッブが支援し,マールとフォースが牽制役という豪華ぶり。首尾よくシューティングスターを倒した後のカシューとアシュラムの戦いの帰結もファーンとベルドの戦いを想起させます。パーンとアシュラムの戦いも此処から始まるのですよね。その意味においても様々な因縁の始まりとなった巻と言えるのでありましょう。個人的にはマールが告げるカシュー王の過去が明かされたのが嬉しい。ロードス島を含むフォーセリアの歴史を追ってきたものとしてはやはり感慨深いものがあります。〈ロードス島戦記〉も前半が終わり,更なる戦いが幕を開けます。支配の王錫を巡る戦いには姿を見せなかった灰色の魔女カーラの動向も気になるところ。引き続き再読を進めていきたいと思います。
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2014年05月10日

水野良『ロードス島戦記(3)火竜山の魔竜(上)』

〈2013年読書感想44冊目〉
水野良『ロードス島戦記(3)火竜山の魔竜(上)』

 新装版に伴い再読の〈ロードス島戦記〉の第3巻。魔竜シューティングスターとの戦いが描かれる作品です。パーンとカシュー王の宿敵として黒衣の将軍アシュラムが本格的に物語に姿を見せる点においても大きな意味を持ちます。新たにパーンの仲間としてオルソン,シーリスが登場。女傭兵シーリスは後にロードス島における重要な位置を占めることになります。このあたりは前巻から登場のフォース同様にこの時点では全く予想が出来ませんでした。アシュラムに従うホッブ司祭やグローダーらの運命の変転も興味深い。特にグローダーは〈ロードス島戦記〉を通じても大好きな人物のひとりであります。アシュラムとカシューが争奪することになる支配の王錫を守護する魔竜シューティングスターはドラゴンが最強の生物であることを証明するが如くの貫録を見せつけてくれます。相変わらず,展開は早め。今にして思えば,もう少し個々の人物描写を深めても良かったのになあとは思います。特にアシュラム配下のグローダーはともかくとしてアスタールやガーベラ,スメディ,ギルラムといったあたりはもう少し個性が欲しかったところです。登場人物が多い割には焦点があてられる人物が少ない印象なのですよね。尤も,それがゆえにパーンやディードリット,スレイン,レイリアたちの個性は際立っているのですけれども。因みに今巻で一番好きな場面は冒頭でのニースとアシュラムとの対面。改めて読むと既にアシュラムが邪悪な存在ではないということが強調されていたのだなと感じます。或る意味では彼の今後を示唆するかのようでもありました。上巻ということで中途半端なところで終わっているのは仕方がないところ。カシューとパーンがアシュラムや魔竜シューティングスターと実際に剣を交える下巻への大きな期待感を持たせる巻ではありました。
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2014年05月06日

宵野ゆめ『グイン・サーガ(132)サイロンの挽歌』

〈2013年読書感想43冊目〉
宵野ゆめ『グイン・サーガ(132)サイロンの挽歌』

 宵野ゆめによって綴られる〈グイン・サーガ〉正伝の第132巻です。五代ゆう版とは舞台を異にし,豹頭王グインによって統治されるケイロニアが舞台となります。衝撃的であった『パロの暗黒』程ではないものの此方も物語は急展開。栗本薫によって予告されていた『売国妃シルヴィア』に至るグインの苦闘が描かれます。トルクの巨大な群れに幽閉されたシルヴィア王妃を巡って暗躍する謎の男と異常な事態に翻弄されるケイロニアの王都サイロンはまさに呪われた都と呼ぶに相応しい有様。何といっても,七人の魔道士事件からは僅か一年しか経っていないのに異変が続くというのは不穏に過ぎます。この事態にグインを始めとするケイロニアが如何に立ち向かうかが楽しみ。但し,宰相ハゾスがそれ程有能に思えないのは非常に不安。シルヴィアが生んだ不貞の子を死産と偽るべきではなかったかと思われます。アキレウス皇帝の危篤に際してもローデス選帝侯ロベルトの活躍のほうが印象深いですね。個人的には〈青ガメ亭〉の女将ロザンナや薬師ニーリウスらが今後存在感を発揮してくれることに期待します。また,シルヴィアの為に愛と忠誠を捧げるパリスの扱いが非常に良くなったのも興味深い。姿を消したシルヴィアともども今後の消息がケイロニアに大きな影響を及ぼすことになるでしょう。彼にトルクを操る力を与えたのが何者なのかも気になるところです。何はともあれ,十分に満足の行く作品でありました。宵野ゆめ版〈グイン・サーガ〉の次巻は愈々『売国妃シルヴィア』ということになります。ケイロニアに災厄を齎すシルヴィアの帰結が楽しみであります。個人的にはシルヴィアには同情的であり,彼女を此処まで追いつめたハゾスたちにこそ問題があると思っているのですけれどね。
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2014年04月14日

水野良『ロードス島戦記(2)炎の魔神』

〈2013年読書感想42冊目〉
水野良『ロードス島戦記(2)炎の魔神』


 小鳥に手を差し伸べるディードリットの表紙が印象的な〈ロードス島戦記〉の第2巻。新装版刊行に際して十数年ぶりの再読であります。今巻の舞台はカシュー王が統治する砂漠の王国フレイム。風の部族と炎の部族の戦いが中心となりますが,そこに精霊使いであるディードリットの物語を絡めるのが如何にもファンタジィ小説の王道らしくて楽しい。今巻でディードリットが盟約を結ぶ風の王イルクは今後も折に触れてディードリットの心強い力となってくれます。また,パーンとともに戦う傭兵のシュードとマーシュは続く第3巻でも活躍を見せてくれる仲間たち。特にシュードことフォースはロードス島の盗賊ギルドを統べる存在として〈ロードス島戦記〉には欠かせない存在になるとはこの時点では思いもよりませんでした。炎の部族の族長であるナルディアの悲しい軌跡も忘れ難いものがあります。ちょっと残念だったのは新装版に際しての加筆が見受けられなかったということ。炎の部族の族長の血筋に連なるスパークあたりを登場させておくのもひとつの方法ではなかったのかなあ。ナルディアとカシューの語らいは印象深いものがあります。久しぶりの再読となりましたが,新鮮な気持ちで楽しめるのはやはり嬉しい。王道を行くファンタジィ小説であるがゆえに古びた感じはまったく受けません。後のロードス島の運命に想いを馳せながら,続巻も引き続き読み進めていきたいものであります。
タグ:水野良
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2014年04月13日

田中芳樹『アルスラーン戦記(5)征馬孤影』

〈2013年読書感想41冊目〉
田中芳樹『アルスラーン戦記(5)征馬孤影』


 トゥラーン軍急襲からアルスラーン王子追放までが描かれる〈アルスラーン戦記〉の第5巻。表紙はギーヴ。アルスラーン陣営の中で唯一その出自が明確になっていない人物であります。今巻でも宝剣ルクナバードを巡ってヒルメス王子と互角に剣を交わすなど大いに活躍を見せてくれています。彼の正体も残る物語の中である程度は明かされることになるのでしょうか。今巻における一番大きな出来事はアンドラゴラス三世のパルス軍復帰とそれに伴う事実上のアルスラーン王子の追放であります。また,王の命を無視してアルスラーンに随行したダリューンとナルサスも反逆者という扱いになってしまいました。アンドラゴラス三世とアルスラーンの確執は割と不明瞭な部分が多いのですよね。単純に血が繋がっていないからというわけでもなさそうですし。また,トゥラーンの親王イルテリシュも登場。この段階では彼がまさか現在のような立場になるとは思っていませんでした。蛇王ザッハークとともにアンドラゴラス,イルテリシュは今後もアルスラーンにとって危険で厄介な仇敵として立ちはだかることでありましょう。ヒルメスの部下であるザンデの働きも今巻はかなり印象的。これまでの武力にだけ秀でた猛将という評価を改めることになります。彼がいれば,ヒルメスの大きな力になってくれていたことでしょう。物語とは特段関係のないところでいい味を出しているバルハイも楽しい。再読することで新たな発見を得られる楽しみがあります。さて,第一部も残るは2冊。次は港町ギランが舞台だった筈。ルシタニア軍に,そしてアンドラゴラス三世に対抗する戦力を集めるべくアルスラーンの奮闘が始まります。勿論,次巻も刊行を待って早めに読書に取り掛かるつもり。細部は忘れているので再読が楽しみです。
タグ:田中芳樹
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2014年03月30日

森晶麿『黒猫の刹那あるいは卒論指導』

〈2013年読書感想40冊目〉
森晶麿『黒猫の刹那あるいは卒論指導』


 学生篇と銘打たれた〈黒猫〉シリーズの短篇集。黒猫と付き人の出逢いが描かれるというのは嬉しい。全部で6篇が収録されています。長篇には長篇の良さがありますが,この〈黒猫〉シリーズに限ってははっきりと短篇集のほうが好み。黒猫に対する付き人の想いの変化が徐々に感じ取れるのが微笑ましいです。相変わらず,黒猫と付き人の距離感が素敵。特に学生篇ということで,まだ黒猫の付き人になる前から付き人になるまでのゆっくりと変化する想いがたまらなく切ないです。特に黒猫への想いに気付いた後の付き人は完全に無自覚の恋する乙女となっています。しかし,黒猫も黒猫で最初から付き人のことを想っていたということが如実に窺えるのが楽しい。ふたりとも或る意味では不器用で臆病なのでありましょうね。よく似ているといってもいいのかもしれません。だからこそ,地道に少しずつ,けれど着実に距離を縮めていっているとも言えるのでしょうけれども。互いに互いを想う姿が美しいです。収録されている6篇どれもが如何にも〈黒猫〉らしくて好きなのですが,特に「複製は赤く色づく」が好みかなあ。夏葉さんの想いはきっと届くと信じたい。本物の愛は終わらないと告げる黒猫の姿が印象的。そして,黒猫への付き人の想いが少しずつ形作られつつあることが窺える作品でもあります。なお,6篇とも題材となっているのは人と人との想い。それが黒猫と付き人の想いと重なり合っている構図が美しいです。他人の想いに触れることで自分の想いを自覚する付き人の姿が非常に良いです。相変わらず,端正で清冽なミステリィ短篇集であります。是非ともこういった形での学生篇を続けて欲しいもの。勿論,本篇の続きも待ち望んでおります。
タグ:森晶麿
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2014年03月29日

五代ゆう『グイン・サーガ(131)パロの暗黒』

〈2013年読書感想39冊目〉
五代ゆう『グイン・サーガ(131)パロの暗黒』


 栗本薫を受け継ぎ,五代ゆうと宵野ゆめによって綴られることとなった〈グイン・サーガ〉の第131巻です。外伝ではなく正篇がこのような形で再開幕したというのは複雑な半面,やはり嬉しさもあります。栗本薫の手による〈グイン・サーガ〉の完結を見届けたかったという想いは今も残りますが,それが不可能となった今,別作者によって語り継がれるということを個人的には否定しません。勿論,作者が変わった以上,作風が変化するのも覚悟の上であります。その意味では今作は栗本薫とはやはり異なる雰囲気の〈グイン・サーガ〉でありました。但し,多少の違和感を覚えながらも,それでもなお面白く感じたのは素直に嬉しい。パロの女王リンダを手に入れるべく策動するイシュトヴァーンとそれを阻止するヴァレリウスとが中心に描かれますが,特に後半以降の急展開はすさまじい。リギアやマリウスといったパロの要人でさえも容赦なく奔流に巻き込まれていく姿があまりにも不穏すぎます。そして,最大の衝撃は彼の人物の再臨でありましょう。栗本薫が愛し,その生涯を丹念に見守った彼の人物を復活させるということは五代ゆうの覚悟を感じさせます。如何なる理由によっての復活かは今後描かれることになりましょうが,彼の動向が中原に新たな混迷を招くことは想像に難くありません。何よりも作者自らが完全な悪役としての再登場であると明言しているわけでありますから。個人的にはかなり期待感を煽られる〈グイン・サーガ〉の再開幕でありました。五代ゆうが描く物語は今後フロリーやヨナたちのいるヤガを冒険へと舞台を移行する模様。宵野ゆめの〈グイン・サーガ〉と如何に整合性を付けながら,物語を織り成すのか楽しみにしています。
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2014年03月26日

サックス・ローマー『骨董屋探偵の事件簿』

〈2013年読書感想38冊目〉
サックス・ローマー『骨董屋探偵の事件簿』

 謎めいた骨董屋探偵モリス・クロウの携わった事件を描いた短篇集。全10篇全てが収められています。〈モリス・クロウ〉シリーズは今作で初めて知ったのですが,エラリイ・クイーンが選んだ所謂「クイーンの定員」にも名前の挙がるほどにかつては高く評価されていた作品のようです。発表されたのが1910年代ということもあって古さを感じさせますが,寧ろ古き良き時代のミステリィが好きならばたまらなく面白いことでありましょう。個人的にはやや神秘趣味に傾倒したミステリィということが大変に好みでありました。尤も,モリス・クロウその人よりも彼に付き従う美貌の娘イシスに心惹かれてしまいますけれども。収録された10篇の中では「ギリシャの間の悲劇」が一番好みかなあ。事件現場で睡眠することにより事件の痕跡を探るというモリス・クロウの捜査方法は独創的。但し,それが故に事件の解決に論理性がやや欠けているのは残念です。尤も,神秘趣味的ミステリィということであれば,それ程問題にはならないでしょう。歴史や伝承に彩られた奇怪な事件を好む種の趣味者にはたまらなく興味深く思える作品かと思います。本書に収められた作品が全てということが惜しくてなりません。もう少し読みたかったなあという気持ちが残ります。
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2014年03月10日

水野良『ロードス島戦記(1)灰色の魔女』

〈2013年読書感想37冊目〉
水野良『ロードス島戦記(1)灰色の魔女』


 記念すべき〈ロードス島戦記〉の第1巻。〈ロードス島伝説〉〈新ロードス島戦記〉と語られたロードス島の物語は全て此処から始まりました。自分にとっても大きな影響を受けた作品であります。今回は〈ロードス島戦記〉生誕25周年を記念しての新装版刊行ということで実に久しぶりの再読となりました。かなりの量を加筆修正してあるらしいのですが,流石に以前の版を持っていないので比較することは出来ません。以降のシリーズでの設定は特段新たに設けられていないように感じるのは残念であります。それにしても改めて読んでもこの面白さは格別。新米の冒険者が運命に導かれて巨大な敵と対峙するというファンタジィ小説の王道を味わうことが出来ます。そして何よりも善と悪の二元論ではなく,永遠の調和を目標とする灰色の魔女カーラの思想そのものが古びることなく燦然と輝きを放っているのが素晴らしい。〈新ロードス島戦記〉で語られる終末の巨人に繋がる物語が既にこの時点で始まっているのですよね。勿論,パーンやスレイン,ディードリットといった登場人物の魅力も素晴らしい。再読して驚いたのはファーンとベルドの英雄戦争やルノアナ湖畔での灰色の魔女カーラとの決戦が意外にあっさりしていたということ。それよりもフィアンナ王女救出の顛末の方が内容としては詳しくなっています。これはやはりTRPGのリプレイの小説化ということがあったからなのかもしれません。何はともあれ,本当に久しぶりの再読でありましたが,王道を行くが故の楽しさを存分に味わいました。続巻も引き続き読んでいこうと思います。
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2014年02月25日

森晶麿『黒猫の薔薇あるいは時間旅行』

〈2013年読書感想36冊目〉
森晶麿『黒猫の薔薇あるいは時間飛行』


 〈黒猫〉シリーズの第3作目。渡仏した黒猫と日本に残った付き人のふたりがそれぞれに出逢った謎が描かれます。相変わらず,ミステリィとしても恋愛小説としても読み応えは十分。端正な物語が実に魅力的であります。付き人側の「落下する時間たち」と黒猫側の「舞い上がる時間たち」はそれぞれ完全に独立した別個の物語でありながら,一瞬その軌跡が交錯するのがたまらなく美しい。また,黒猫にはマチルド,付き人には戸影と,新たに登場する人物が物語を彩るのも楽しく思います。何よりも遠く離れた場所にありながら,心は徐々に近付いていく黒猫と付き人の距離感の麗しさが素晴らしい。露骨に表面に出すことはありませんが黒猫の付き人に対する友情以上の感情が切なさともどかしさを刺激します。一方で黒猫への好意をはっきりと自覚した付き人が今後如何なる行動に出るのかも楽しみでなりません。ふたりを師事する唐草教授の秘められた愛が語られた今作に触れたからこそ,その行く末が幸せなものであることを祈らずにはいられません。ミステリィとしてもエドガー・アラン・ポオの『アッシャー家の崩壊』を根底とした物語に引き寄せられます。様々な愛の形が彩る物語はほろ苦さとともに美しさも感じさせてくれます。この美学趣味がちりばめられた雰囲気こそが最大の魅力と言ってもいいのでしょう。黒猫と付き人,ふたりの変わらなさそうで少しずつ変わりゆく関係が今後如何に描かれるのか楽しみであります。最終盤での黒猫と付き人の触れ合いは狂おしいまでの美しさを感じました。ふたりの関係が微笑ましく,愛おしく,羨ましいです。
タグ:森晶麿
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2014年02月23日

加藤実秋『Dカラーバケーション』

〈2013年読書感想35冊目〉
加藤実秋『Dカラーバケーション』


 〈インディゴの夜〉シリーズの第4作目。集英社文庫への移籍に際しての再読であります。基本的には過去三作を踏襲する内容であり,手堅さは感じるものの目新しさはありません。尤も,それが故にシリーズの愛読者であれば過不足なく楽しめる作品に仕上がっています。club indigoが風営法の改正による昼間の営業を開始したことに伴い,新たなホストも幾人か登場しました。彼らとジョン太や犬マンといった従来の売れっ子ホストとの間の間隙というか対立が今作の読みどころとなっています。とは言え,手塚を中心とした新たなホストたちも彼らなりの雰囲気を保ちながらclub indigoの色に染まっていくのが楽しい。4作品が収録されていますが,「サクラサンライズ」の余韻を残す終わり方はやはり好みであります。王道と言ってしまえば,それまでではありましょうけれども。また,豆柴こと渋谷警察署の柴田刑事の窮地をclub indigoの面々が救う「一剋」の展開も熱い。新登場の早乙女刑事も強烈な個性の持ち主で今後も活躍が見込まれそうです。憂夜さんの過去の一端が明らかになる表題作「Dカラーバケーション」は,しかしかえって憂夜さんの存在を謎めいたものにした気がします。いつか,彼の全てが明かされる日は来るのでしょうか。出番は少ないながらもエルドラドの空也も見せ場は十分。これでとりあえず既刊分の再読は終了しました。今後発表される〈インディゴの夜〉シリーズは全てが新作ということになります。先ずは初の長篇作品が用意されているとのこと。club indigoの新たな物語を大いに楽しみにしたいと思います。
タグ:加藤実秋
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2014年02月11日

ジェフ・ライス『事件記者コルチャック』

〈2013年読書感想34冊目〉
ジェフ・ライス『事件記者コルチャック』


 1970年代に熱狂的な人気を博したTVドラマシリーズの原作小説です。なお,TVドラマ版は名前は知っているものの実際に見たことはありません。『X-FILE』の嚆矢的な作品と聞くと多分自分好みの作品であったのだろうと思います。因みにジョニー・デップ主演による映画化が決定しているとのこと。此方は是非観賞したいと思います。本書には「ラスヴェガスの吸血鬼」と「シアトルの絞殺魔」の2篇が収録されていますが,どちらも怪奇趣味的な雰囲気が実に楽しい。但し,超自然的な内容だけに終始せず,結果的には権力や権威といったものが真相究明の最大の障壁となることを扱っていることで展開が平板になっていないのが面白い。主人公であるコルチャックは題名通りに事件記者ではありますが,その性格上周囲から孤立を余儀なくされてしまいます。結果的に事件解決に大きな役割を果たすのですが,それが故にかえって不遇を託つというのが皮肉であります。まあ,あまりコルチャック自身にも同情出来ない点があるのが何とも。事件の真相も然ることながら,それを隠蔽しようとする権力の意向こそが真の巨悪に描かれます。このあたりは為政者と報道の立場の違いでありましょうけれども。何はともあれ,不思議な事件の真相を超自然的な事象に求めていることは素直に好み。安直に人間の仕業にしなかったことが嬉しいです。ミステリィと言うよりもホラーとしての趣向が勝っているように感じますが,終始楽しく読めた作品でありました。
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2014年02月02日

皆川博子『開かせていただき光栄です』

〈2013年読書感想33冊目〉
皆川博子『開かせていただき光栄です』


 18世紀ロンドンを舞台とした歴史ミステリィ小説。前日譚を描いた番外篇も収録されています。解剖学教室が物語の中心に据えられるわけですが,これが完全に実在した外科医ジョン・ハンターの解剖学教室そのまま。盲目の治安判事ジョン・フィールディングが実名で登場するのに対してジョン・ハンターがダニエル・バートンと名前を変更されているのは彼とその兄で内科医のロバート・バートンが扱われる事件に大きく関わっているからでありましょう。個人的にはそれを差し引いてもジョン・ハンターという実名を使ったほうが良かったように思いますけれども。ダニエルの解剖学教室から発見された四肢を切断された少年と顔を潰された男のふたつの死体という謎の提示は魅力的。事件解決に至るまでの丁寧な足取りも楽しく感じました。また,解剖学教室の面々も個性豊かで面白い。特にエドワード・ターナーとナイジェル・ハートのふたりは事実上の主人公と言ってもいいでしょう。また,ジョン・フィールディングのもとで捜査を担当する姪で助手のアン=シャーリー・モアもかなり好みであります。もう少し活躍の場が与えられても良かったと思うくらい。事件の真相そのものは割合に見通しやすいものですが,最終盤での法廷での大逆転劇の爽快感は素晴らしかった。全てが丸くとは言えませんが,それでも可能な限り綺麗に納まる結末だったのが嬉しい。非常に端正なミステリィ作品でありました。同じくダニエル解剖学教室を舞台とした続篇も刊行されている模様。此方もいずれ読み進めたいと思います。
タグ:皆川博子
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2014年01月31日

田中芳樹『タイタニア(4)烈風篇』

〈2013年読書感想32冊目〉
田中芳樹『タイタニア(4)烈風篇』


 二十数年ぶりに刊行された宇宙歴史小説『タイタニア』の第4巻です。まさか,本当に新刊を読める日が来るとは思ってもいませんでした。それだけでも十分に感激ものですが,長い間隙を経ても内容の面白さがいささかも損なわれていないのが実に素晴らしい。物語は中盤を超えて終局へと向かいつつありますが,如何なる帰結を得るのか全く予想出来ません。ジュスラン&アリアバートVSイドリスの図式を取ったタイタニア一族内での抗争はジュスラン&アリアバート側の勝利ということになりましたが,藩王アジュマーンの悪魔的な策謀によってアリアバートが呆気なく横死させられるというのは流石に急展開に思えます。「皆殺しの田中」が高らかに再臨を告げたということになりましょうか。今後の焦点は残されたジュスランが如何に藩王アジュマーンに対峙するのかということ。また,アリアバートに完敗したイドリスがこのまま終わるわけはないでしょう。特に愛する弟ゼルファをアリアバート暗殺の実行犯とした藩王アジュマーンへの敵意を剥き出しにする筈。そして,今巻ではハシュトバル星域の戦闘においてアリアバートの指揮の前に惨敗を喫したファン・ヒューリック率いる流星旗軍がこの事態に如何なる役割を果たすのかも楽しみです。或いは未だ見えぬ藩王アジュマーンの真意も気になるところ。テオドーラもまだまだ胡乱な存在であります。此処に来て俄然存在感を見せ始めたジュスランの侍女フランシアの立ち位置も興味深い。問題は恐らく最終巻となるであろう第5巻の刊行が何時になるのかということ。ただ,それに尽きます。その日が限りなく近い未来であることを願ってやみません。
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2014年01月26日

森晶麿『黒猫の接吻あるいは最終講義』

〈2013年読書感想31冊目〉
森晶麿『黒猫の接吻あるいは最終講義』


 〈黒猫〉シリーズの第二作目。初の長篇作品でもあります。前作同様にエドガー・アラン・ポオの作品に彩られた美学に溢れる雰囲気が非常に好み。端正で美しいミステリィであると同時に黒猫と付き人の距離感が微笑ましくも切ない恋物語となっております。殊に題名通りに黒猫がパリに赴任することが明かされる最終講義以降の付き人の心の乱されようがたまらなく素敵です。所謂,恋物語は本来得手とするところではありませんが,この黒猫と付き人のふたりの関係には思わず引き込まれてしまいます。ふたりの距離感があまりにも絶妙ということなのでありましょう。また,今作では黒猫の過去或いは親しい人々が物語に絡んでくるというのも大きい。自分の知らない黒猫の姿に当惑する付き人の姿が完全に恋する乙女になっています。なお,今作で取り上げられるポオの作品は『大鴉』『ベレニス』『リジイア』など。『大鴉』しか触れていないのはやはり残念であります。ミステリィとしての謎解きは意外性はないけれど過不足なくまとまった感じです。黒猫と付き人のもどかしい関係は,それでも少しずつふたりの望む形で近づきつつあるのが嬉しい。遠く離れることで或いは変化が生じるかもしれませんが,いつか必ず結ばれる日が来ると願いたくなる作品であります。付き人が自信を持てないだけで黒猫の意思表示はかなり明確だとも思いますけれどね。

 余談。相変わらず,丹地陽子による表紙絵が秀逸。この表紙絵だけで思わず頬が緩むものを感じます。紫のドレスに身をまとった付き人があまりにも美しいのですよね。
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2014年01月18日

吉田篤弘『つむじ風食堂と僕』

〈2013年読書感想30冊目〉
吉田篤弘『つむじ風食堂と僕』


 〈月舟町〉三部作の番外篇。『それからはスープのことばかり考えて暮らした』のリツ君が『つむじ風食堂の夜』の舞台であるつむじ風食堂で出逢った人々との物語が描かれます。題材としては“仕事”ということになるのかな。大人びた視点の持ち主であるリツ君が“仕事”に対する大人たちの考え方に想いを巡らす姿が実に良い。如何にも〈月舟町〉三部作らしい何処か魔法をかけられたような雰囲気は健在であります。リツ君たちと一緒につむじ風食堂で歓談をしたい気分になります。何よりも第二章「宇宙人」でリツ君に代わる代わる自分の仕事の面白さややりがいを説明する大人たちの姿が実によいのですよね。中には勿論やりたくない仕事をしている人も混ざっていますが,それもまたひとつの意見でありましょう。リツ君の目を通すと仕事をするということが奇跡的に素晴らしいことに思えてくるのが不思議であります。これもまた〈月舟町〉の魔法と言うべきなのかもしれません。第三章「百円玉」ではリツ君と父,オーリィさん,マダムとの会話が実に楽しい。リツ君の哲学的な思考は物事の核心を突いているような気がするのが素晴らしい。いずれにせよ,如何にも〈月舟町〉らしい作品でありました。早く三部作の第三作目も読みたいものであります。
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