2013年12月10日

森晶麿『黒猫の遊歩あるいは美学講義』

〈2013年読書感想29冊目〉
森晶麿『黒猫の遊歩あるいは美学講義』


 美学を専攻する若き大学教授,通称黒猫と彼の付き人を務める大学院生のふたりが出逢う不思議な事件を描いた連作ミステリィ短篇集です。6篇が収録されていますが,いずれもエドガー・アラン・ポオの著作と関連付けられるのが面白いところ。これは単なる偶然ではなく,付き人の研究対象であるエドガー・アラン・ポオの著作に対しての美学的な考察を黒猫が試みているということでもあります。残念ながらエドガー・アラン・ポオの作品全てに触れているわけではないので面白さの全てが伝わったわけではありませんが,それでもなお非常に楽しむことが出来ました。それはやはり黒猫と付き人という主役ふたりの造形が秀逸ということでありましょう。ひとりひとりであれば,或いは凡庸な造形にも思えるのですが,黒猫と付き人のふたりが揃った時の類稀な距離感が実に素晴らしいのです。友達というには親密で,恋人というには憚られるこの関係は黒猫と付き人独自の距離感であると言っても過言ではないのでしょう。それぞれが互いを想っているのは確かでありますが,それを露骨に表面に出さない姿に美を感じます。付き人が臆病なだけで,黒猫の彼女への好意というのは彼の言動の端々に感じるのですけれどね。ミステリィとしてもエドガー・アラン・ポオの作品に対する作者の愛情が伝わってくるのが嬉しいです。個人的には黒猫と付き人のミステリィを交えた恋愛小説と捉えているのですけれども。美学を題材にするに相応しい美意識に富んだ美しい物語であると思います。苦さや切なさ,或いは人間の悪意を孕んだ物語も含まれますが,それでもなお読後に美しさを感じるのが素晴らしい。今後ともに読んで行きたいシリーズでありました。本当に満足です。
タグ:森晶麿
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2013年12月08日

加藤実秋『ホワイトクロウ』

〈2013年読書感想28冊目〉
加藤実秋『ホワイトクロウ』


 復刊中の〈インディゴの夜〉シリーズの第3作目。此方も久しぶりの再読ということになります。但し,過去二作に比べると初読が割合に近いこともあって記憶に残っている箇所もそれなりにありました。尤も,だからといって面白さが損なわれることは全くないわけですけれども。今作ではclub indigoが改装工事に入るということで仮店舗での営業となりますが,そのあたりの事情を絡めたお話があるのが特徴的。いつもながらに晶や塩谷さん,憂夜さん,それに個性的なホストの面々の活躍が楽しいです。4篇が収録されていますが,「神山グラフィティ」と「シン・アイス」はジョン太と犬マンそれぞれの浪漫物語めいた展開が軸となるのが面白い。また,「ラスカル3」ではアレックスが大暴れ。ホストでありながら総合格闘技の選手でもある異色の存在としての立ち位置が素敵です。荒事には向かないホストの中では唯一その手のことで頼りになる人物でありましょう。表題作「ホワイトクロウ」はclub indigoの改装工事そのものが主題となる物語。失踪したデザイン事務所女性職員を巡る事件が描かれます。真相は容易に想像がつくものではありますけれどね。まあ,全篇を通じてミステリィ色はやや軽め。軽妙で痛快なホストの活躍を楽しむ作品であると言えましょう。一番の謎は完璧に過ぎる憂夜さんの正体かしら。此方の謎は一向に解決されないどころか深まる一方でありますけれども。相変わらず,無茶で無謀だけど情に厚い晶が素敵であります。彼女とclub indigoの面々の活躍を十分に楽しめる作品でありました。シリーズの読者としては素直に満足であります。
タグ:加藤実秋
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2013年12月04日

丸山天寿『死美女の誘惑』

〈2013年読書感想27冊目〉
丸山天寿『死美女の誘惑』


 中国は秦代の琅邪の街を舞台にした連作ミステリィ短篇集。『琅邪の鬼』『琅邪の虎』の番外篇的な立ち位置の作品となっています。そのふたつの作品で主役級の働きを為した求盗の希仁や女将の蓮が登場してくるのが素直に嬉しいのですが,何よりも『琅邪の鬼』で死んだ筈の房中術の達人である佳人が重要な役割を担うことが面白い。尤も,作中では本当に佳人本人なのか,或いは佳人と瓜二つの兄弟なのかは遂に明らかになることはありませんでしたが。この佳人と彼を巡る美女たちの艶めかしく悲しい5篇が収録されております。『琅邪の鬼』や『琅邪の虎』を踏襲する形で提示される謎は如何にも魅力的。その真相もいささか反則めいてはいますが,この世界観からは充分に納得に到るものとなっております。いずれも所謂不可能犯罪を扱いながら趣向も様々で飽きさせません。5篇を通じて言えるのは悲しい運命を背負った女性に対する佳人の限りない優しさと愛情の深さでありましょう。常に女性をその不幸から救う為に尽力する佳人の姿が印象的であります。或いはこれこそが房中術の真髄と言えるのかもしれません。短篇であるが故に謎も徒に複雑になり過ぎていないのが好印象。本篇は琅邪を舞台にした2作から『咸陽の闇』で咸陽へと移ってしまった為に希仁や蓮の登場機会が失われてしまいました。このような形で琅邪を舞台とした作品に触れられるのが嬉しいです。この趣向の作品もまた発表して欲しいものです。本作の直系の続きは流石に厳しいかもしれませんけれども。
タグ:丸山天寿
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2013年11月24日

高田崇史『QED〜flumen〜ホームズの真実』

〈2013年読書感想26冊目〉
高田崇史『QED〜flumen〜ホームズの真実』


 〈QED〉シリーズの最新作。本篇は既に完結しているので番外篇という位置付けになります。尤も,本篇と番外篇の明確な差異は感じられないシリーズなので気にする必要は全くありません。本篇最終巻とされた『QED 伊勢の曙光』よりも時間軸は後の作品でありますから,タタルと奈々のその後が描かれるのが素直に嬉しい。また,シリーズ第3作目『QED ベイカー街の問題』で登場した緑川友紀子が再登場するのも懐かしい気分になります。今作で扱われるのは題名通り“シャーロック・ホームズ”ということになりますが,それと紫式部を絡めてくるのは如何にも独創的。タタルと奈々が巻き込まれる事件に魅力を感じないのはいつもの常でありますが,このシャーロック・ホームズと紫式部の意外な関連性には思わず感嘆させられました。勿論,牽強付会な点は否めませんが,それも含めてこういうものは楽しんだ方が勝ちだと思えるのですよね。また,『QED ベイカー街の問題』でタタルが披露した説を友紀子が鮮やかに覆すというのも〈QED〉を読み続けてきたものとしては楽しみました。基本的には如何にも〈QED〉という雰囲気の作品であります。物足りなさも感じますが,先ずは完結した作品に新たな物語が付加されたことを素直に喜びたいもの。タタルと奈々の関係があまり変わっていないように思えるのも微笑ましい。強烈な印象が残るわけではありませんが,〈QED〉の最新作として素直に楽しめる作品であるように思います。十分に満足です。

 余談。巻末には「QEDパーフェクトガイドブック」と掌編「二次会はカル・デ・サック」が収録されています。「QEDパーフェクトガイドブック」は〈QED〉シリーズの隠されたテーマなどが語られており,資料としても読み物としても楽しい。これだけでも〈QED〉シリーズ好きとしては充分な価値を見出すことが出来ます。個人的には更なる新作を期待したいところではありますが,どうなることかなあ。
タグ:高田崇史
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2013年11月17日

加藤実秋『チョコレートビースト』

〈2013年読書感想25冊目〉
加藤実秋『チョコレートビースト』


 復刊に伴い再読中の〈インディゴの夜〉シリーズの第2作目です。今作あたりから〈インディゴの夜〉シリーズの定番登場人物が固まってきた印象があります。晶と塩谷さん,憂夜さんを筆頭に犬マンやアレックス,ジョン太,DJ本気といったClub indigoの面々の掛け合いが素直に楽しい。夜の街を駆けるのにホストという肩書は最適なのでありましょう。表社会と裏社会の狭間に位置する若者たちの疾走が素直に羨ましく思えます。今巻でもClub indigoが巻き込まれる事件は多彩なもの。何処か人情的な雰囲気が漂うのは主人公である晶の気質によるところが大きいのでしょう。彼女の1980〜90年代趣味は今回も炸裂。それがまた心地良いのです。収録されている4篇はどれも同程度に好み。歌舞伎町No.1ホストである空也が依頼主という事件も混ざっており,飽きさせません。この晶と空也の微妙な関係が結構好みなのですよね。そんな空也からも尊敬される憂夜さんの謎めいた素性は深まるばかりですけれども。なぎさママの愛犬四十三万円ことまりんが誘拐される表題作「チョコレートビースト」が一番楽しいかなあ。塩谷さんが意外な格好良さを見せる「マイノリティ/マジョリティ」も好きなのだけれども。今作も前作『インディゴの夜』に大幅な加筆がされているとのこと。但し,雰囲気は全く変わっておりません。そのあたりは嬉しい。また,引き続き書き下ろしの「レッドレターデイ」も収録されています。此方はまとめて読みたかったなあ。新たな表紙も作品の雰囲気を上手く醸し出していると思います。このまま順調に復刊し,新作の刊行へと至って欲しいものであります。
タグ:加藤実秋
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2013年11月10日

朱川湊人『鏡の偽乙女』

〈2013年読書感想24冊目〉
朱川湊人『鏡の偽乙女』


 大正時代を舞台とした連作短篇集。朱川湊人らしくファンタジィともミステリィともホラーともつかない雰囲気が素直に好みであります。幻想と怪異に満ちた物語は何処か郷愁を感じさせ,切なさと愛おしさが入り混じった空気を醸し出しています。端正な文章も大変に美しい。5篇が収録されていますが,個々の作品は基本的に独立しています。“みれいじゃ”と作中で呼ばれる生きる死者を巡る物語が中心となりますが,必ずしも“みれいじゃ”が登場するわけでもありません。但し,この“みれいじゃ”が扱われる物語は印象的なものが多いのも事実であります。“みれいじゃ”はこの世への執着を持った者がなる存在であり,自らの死を他人に知られると消滅する存在でもあります。絶対悪というべき者ではなく,寧ろ愛故にこの世に未練を残した存在ということもあり,哀切な結末を迎えることが多いのも事実。だからこそ,“みれいじゃ”を操る黒幕である“蒐集家”と呼ばれる謎の人物への怒りを覚えてしまいます。その“蒐集家”の手先となって暗躍する琴町三郎の胡乱な存在感はかなり好み。主人公である槇島功次郎と穂村江雪華の前に今後も幾度となく姿を見せることになるのでしょう。収録されている5篇の中ではやはり「夜の夢こそまこと」が一番好き。その題名通りに江戸川乱歩に纏わる悲しい物語であります。“みれいじゃ”とそれを成仏させる絵を描く雪華の物語はまだ終わっていません。結末で匂わされた続篇の刊行を期待したいと思います。陰鬱たる出来事が続く大正という時代に“みれいじゃ”と雪華との物語が如何なる帰結を迎えるのか楽しみであります。
タグ:朱川湊人
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2013年10月27日

加藤実秋『インディゴの夜』

〈2013年読書感想23冊目〉
加藤実秋『インディゴの夜』


 渋谷のホストクラブ〈club indigo〉を舞台とした連作ミステリィ短篇集。創元推理文庫から集英社文庫に移籍復刊に際しての再読です。かなりの部分が加筆修正されているらしいのですけれど,元を読んだのがだいぶん以前のことなのではっきりとは分かりませんでした。創元推理文庫版も持っているので余裕があれば比較してみたいところであります。収録されているのは4篇ですが,いずれも〈club indigo〉の個性的な面々が活躍するのが実に楽しい。まあ,一番好きなのはやっぱり高原オーナーこと晶なのですけれどね。彼女の1980年代趣味は思わず共感してしまう部分が多々あります。晶を支えるマネージャーの憂夜さんの完璧ぶりも素敵。あまりの完璧ぶりにその存在が本シリーズの一番の謎でもあります。夜の渋谷を舞台とするホストクラブが主題という関係上,どうしても物語は裏社会が題材になりがちなのですが,そこに変な暗さはないのが読み易い。寧ろ,〈club indigo〉の特異なホストたちの明るさと軽さが楽しいです。主だったホストの犬マンやジョン太らの源氏名には馴染めないものがあるけれども。また,豆柴こと渋谷警察署の柴田刑事や或る意味で女傑のなぎさママなどの脇役陣の強烈な個性も素晴らしい。敵か味方か微妙な立ち位置の空也の存在も素敵です。必ずしも幸せな結末を迎えるお話ばかりではありませんが,それでも納得出来る終わり方が用意されているのは嬉しいです。再読でしたが問題なく楽しめることが出来ました。現在,連載中の最新作を心待ちにしたいと思います
タグ:加藤実秋
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2013年10月24日

田中文雄『邪神たちの2・26』

〈2013年読書感想22冊目〉
田中文雄『邪神たちの2・26』


 〈The Cthulhu Mythos Files〉に収められた一冊。昭和初期の日本を舞台に2.26事件の陰で密かに行われていた青年将校たちと邪神の眷属との熾烈な戦いが描かれます。物語としては非常に楽しい。クトゥルー神話と2.26事件の相性が凄まじくよろしい。〈クトゥルー神話〉はもともとも作者であるH.P.ラヴクラフトによる宇宙的恐怖を感じさせる作品が一番好みなのでありますが,二次創作として考えた場合には本書のように実在する人物や歴史上の大事件に絡めた作品が似つかわしく思えます。やや気になったのは北一輝を始めとする所謂皇道派の陸軍将校が多分に美化されており,その反対に2.26事件において襲撃の対象となった政治家たちが邪神の眷属の影響を受けた悪しき人間という描かれ方が為されていたということ。勿論,政治的な意図は全くないと思いますが,やや偏りが強すぎるように思えたのが残念でありました。〈クトゥルー神話〉としては普通に面白い。H.P.ラヴクラフトその人が重要な人物として登場するのも好みであります。また,主人公である海江田清一の主観による部分は濃密な描写が,歴史的展開を語る部分は淡々とした描写が施されているのが如何にも印象的であります。そして,物語の末尾を飾るエピローグの寂寥たる雰囲気が余韻を残します。〈クトゥルー神話〉と2.26事件というふたつの狂気の親和性の妙に酔う作品でありました。出口王仁三郎や北一輝ら昭和を代表する怪人たちの登場も歴史趣味者としては実に楽しうございました。大満足であります。
タグ:田中文雄
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2013年10月20日

京極夏彦『後巷説百物語』

〈2013年読書感想21冊目〉
京極夏彦『後巷説百物語』


 『巷説百物語』『続巷説百物語』に続く〈巷説百物語〉の第3作目。時代は明治初期へと下り,今は老人となった百介こと一白翁の回想をもって物語られます。今回は『巷説百物語』同様に一話完結の短篇集。一白翁が聴き手である剣之進に語る表層上の真相とその後に小夜に語る本当の真相の隔意が面白い。物事は見方によって幾らでもその真実の姿を変えることが良く分かります。尤も関係者の幸せの為には本当の真相を隠したままにしておくことも又ある種の正義なのでありましょう。このあたりは如何にも又市やおぎんらの仕掛けらしいなと思います。なお,前述の小夜はおぎんの孫にあたる娘。彼女自身の物語は「五位の光」「風の神」で明らかになります。『続巷説百物語』に収録された「老人火」において永遠の別れを告げた百介を,又市はしかしその後も見守り続けていたことが判る「五位の光」の結末は胸が熱くなります。また,同じ作者の〈妖怪〉シリーズの中の『狂骨の夢』及び『陰摩羅鬼の瑕』と繋がる要素が垣間見えるのも嬉しい。特に『狂骨の夢』の発端が又市の仕掛けにあったというのはあまりにも予想外でありました。こういったシリーズ間でのささやかな連携は楽しいものであります。「風の神」は〈巷説百物語〉シリーズの幕開けとなった「小豆洗い」と同様の趣向が興味深い作品。百介の物語を閉じるに相応しい作品であると言えましょう。この作品をもって百介が関わる〈巷説百物語〉は終わりました。しかし,シリーズとしてはまだまだ続いております。又市らの仕掛けをまだ楽しめるのは重畳というもの。暫しの時間を置いて,また読み始めたいと思います。この作品を含めた三作も再読することで新たな発見を得られましょうから,いずれ取りかかりたいと思います。
タグ:京極夏彦
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2013年10月14日

京極夏彦『続巷説百物語』

〈2013年読書感想19冊目〉
京極夏彦 続巷説百物語


 江戸時代を舞台とした妖怪絵巻『巷説百物語』の続篇。今回も6篇からなる短篇集の体裁を取っております。但し,前作と明確に異なるのは各篇が微妙に或いは露骨に絡み合い大きな一本の線へと集約されるということ。具体的には若狭の小藩である北林藩を舞台とした凄惨な連続殺人が全てに連なる物語となります。また,又市やおぎんら一味の過去に関わりのあるお話が収められているのも特徴的。冴え渡る仕掛けの爽快感はそのままに,しかし無常観漂う余韻が印象に残る作品ばかりであるとも言えましょう。中でも語り手である百介と又市らとの永遠の別れを描いた「老人火」は格別であります。読後に暫し放心するものを感じました。6篇はいずれも変わった趣向で楽しませてくれますが,個人的には「飛縁魔」の悲しい遊女の物語が一番心に残っています。そして,強烈な人間の悪意に恐怖を感じます。「死神」は全ての線が一点に収束するお話。全てに片を付ける又市の仕掛けの見事さに感嘆するとともに因果応報という言葉をかみしめざるを得ません。圧倒的な雰囲気がたまらない。現実の辛さや厳しさを逃れる為に作りだされた存在としての〈妖怪〉に悲しさを覚えます。割と救いのない物語が続くので陰鬱な気分になりますが,物語として至極好み。後味は決していいわけではありませんが,読了時の満足感は頗る高いものがありました。百介と又市らの永遠の別れが描かれてしまったので,次に如何に繋がっていくのか楽しみであります。
タグ:京極夏彦
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2013年10月06日

畠中恵『若様組まいる』

〈2013年読書感想18冊目〉
畠中恵 若様組まいる


 『アイスクリン強し』で活躍した若様組の警察教習所時代の出来事を描く作品です。主人公となるのは若様組の中心人物である長瀬。勿論,福田や園山ら『アイスクリン強し』でも個性を発揮した面々は今作でも強烈な存在感を見せてくれます。皆川真次郎や小泉沙羅たちも脇役ながら印象的な動きをしてくれるのが嬉しい。相変わらず,皆川真次郎が手掛ける洋菓子は実に美味しそうであります。物語は良くも悪くも畠中恵作品だなあという印象。面白いことは面白いのですが,鮮烈な印象には欠けてしまいます。ある種の倦怠感を覚えると言うのは言いすぎかもしれませんけれども。綺麗にまとまってはいるのですが,目新しさがまるでないのですよね。登場人物も多い割には実際に動いている印象があるのはごく僅か。そもそも若様組からして8人は多過ぎます。物語の解決もいささか釈然としないものを感じます。このあたりはもう少し何とかならなかったのかなあという想いを抱かざるを得ません。沙羅の父親である小泉琢磨や幹事こと有馬将勝らの存在感は素晴らしいものがありましたが。特に幹事は本作中でも一番お気に入りの登場人物。この一作だけで終わらせるには惜しい人物に思えます。不満は感じるけれど,高品質の安定感は素直に評価したいもの。若様組たちの旅立ちとしては至極美しいと思います。畠中恵作品の雰囲気が好きならば問題なく楽しめる作品でありましょう。
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2013年09月29日

京極夏彦『巷説百物語』

〈2013年読書感想17冊目〉
京極夏彦 巷説百物語


 〈京極堂〉シリーズと並ぶ,妖怪を扱ったもうひとつの京極夏彦によるシリーズ〈巷説百物語〉の第1作目。〈京極堂〉とは異なるアプローチによる妖怪の扱い方が実に興味深い。7篇が収められた短篇集であります。複雑怪奇に絡み合った〈京極堂〉シリーズとは異なり,短篇ということもあってやや先が見通しやすい物語となっているのは残念。但し,妖怪の名を借りて悪に鉄槌を下す又市やおぎんの仕掛けは小気味よい。全般的に暗く陰鬱な雰囲気が漂うのは物語の趣旨を考えたら仕方がないところではありましょう。しかし,後味の悪さもかえって魅力的に思えるのが不思議ではあります。7篇はいずれも印象的な作品で甲乙つけ難いものがあります。敢えて挙げるならば,やはり冒頭の「小豆洗い」ということになるのでしょうか。語り手である百介が又市らの仕掛けに初めて触れる記念すべき物語であります。この百介は常に仕掛けの外に身を置きながら,以降はいずれも重要な役割を担うのが面白い。仕掛けには全く寄与しないにも関わらず,或いは全く寄与しないが故に,又市らからのある種の同朋感を抱かれているように思います。純然たる短篇集であり,物語を通じての仕掛けは特に見受けられません。それがやや残念にも思えますが,やるせなさの残る読後感が印象的な短篇集でありました。独特の言葉遣いがまた雰囲気を醸し出しており素敵に思います。
タグ:京極夏彦
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2013年09月23日

田中芳樹『アルスラーン戦記(4)汗血公路』

〈2013年読書感想16冊目〉
田中芳樹 アルスラーン戦記(4)汗血公路


 光文社文庫からの復刊に合わせて再読中の〈アルスラーン戦記〉。改めて読み直してもやはり面白い。それだけに牛の如く遅い歩みが歯痒くてなりません。この4巻ではシンドゥラへの遠征を終えたアルスラーン軍が新たな勢力を結集し,ルシタニアに占拠された王都エクバターナへの進軍を開始します。一方,そのルシタニア側では捕らわれていたパルス王アンドラゴラス三世がルシタニア王弟ギスカールを逆に捕えて虜囚とするなど激動の展開を見せます。個人的には元気なエステルの姿が懐かしくも愛おしい。後に彼女に待ち受ける運命を知った身としてはやるせないものを感じざるを得ません。ヒルメスやギスカールの野心の発露も魅力的に思えます。今後はエクバターナを目指すアルスラーンと虜囚から解放されたアンドラゴラス三世,エクバターナを占拠するルシタニア,正統なパルス王位奪還を目指すヒルメス,そしてパルスへの侵攻を開始した草原の覇者トゥラーンと幾つもの陣営が乱れる混迷した情勢となりそう。蛇王ザッハークの復活を目指す暗灰色の衣の魔道士の動きも不穏さを増しております。この縺れた麻の如き状況下でアルスラーンが如何なる決断を下し,彼に従うナルサスやダリューンを始めとする部下たちが如何なる活躍を見せるのか楽しみにしたいと思います。
タグ:田中芳樹
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2013年09月22日

高田崇史『軍神の血脈』

〈2013年読書感想15冊目〉
高田崇史 軍神の血脈


 楠正成の謎に迫る高田崇史の歴史ミステリィ小説。良い意味でも悪い意味でも高田崇史らしい展開が実に楽しい。相変わらず,歴史ミステリィ部分だけで物語は成立するように思えるのは最早芸風といってもいいのかな。物語の雰囲気作りという点において効果が全くないとは言えませんけれども。しかし,流石に時間制限がある中で悠長に歴史の謎を求めて行くというのは不自然に思えてしまうのが残念。その時間制限も効果的とはとても思えなかったのですね。歴史ミステリィが実に面白く興味深いだけに,それとは無関係の部分が気になってしまうというのはいささか勿体なく感じます。その歴史ミステリィとして今回の題材となるのは湊川の戦いで戦死したとされる楠正成と彼を討った大森盛長の真相。此方は若干牽強付会にも思えますが,それなりに論理的で説得力を感じます。史実を知る術は最早失われているわけですが,少なくとも思考実験としては楽しめました。楠正成に秘められた謎の解題は素晴らしく面白かったので大満足。後は事件が起きる蓋然性があればなあと思わざるを得ません。それが求められないのであれば,歴史ミステリィ部分だけに焦点を絞って欲しい。いずれにせよ,この種の歴史ミステリィ好きにはたまらない作品であります。個人的には〈QED〉に組み込んでも違和感がなかったように思えます。主人公を変えた意味をあまり感じませんでした。
タグ:高田崇史
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2013年09月21日

三津田信三『水魅の如き沈むもの』

〈2013年読書感想14冊目〉
三津田信三 水魅の如き沈むもの


 〈刀城言耶〉シリーズの第5長篇。今回の舞台となるのは奈良県の山奥。水魅様と呼ばれる水神を祀る四つの村で起きた湖上での奇怪な連続殺人事件に挑む刀城言耶の姿が描かれます。雰囲気は従来作どおりに陰鬱としたもの。但し,刀城言耶と彼に同行する祖父江偲の惚けた描写が物語に奇妙な明るさを与えています。特に祖父江偲は過去作でも何度か登場してきていますが,事件に密接に関わってくるのは本作が初めてとなります。なかなか騒動屋として存在感のある娘さんですので今後の活躍も期待したいところです。事件そのものは相変わらず二転三転する刀城言耶の推理が素直に楽しい。様々な角度から検証することによって事件の姿が徐々に変化する楽しみも味わえます。このあたりの試行錯誤しながら真相に近付いていく過程を楽しむ作品であると言えましょう。なお,今シリーズにしては珍しく爽やかな読後感を得られるというのも嬉しいところ。やや飽きを覚えることもあった今シリーズの転換点となって欲しい。多かれ少なかれ不満を覚える今シリーズに置いては少なくとも個人的には白眉の作品でありました。過去作との微妙な関係を窺わせる人物の登場も楽しかったです。
タグ:三津田信三
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2013年09月20日

朝松健『崑央の女王』

〈2013年読書感想13冊目〉


 インテリジェントビルを舞台に繰り広げられる邪神との戦いと惨劇を描いたアクション・ホラー小説です。〈クトゥルー神話〉としての要素も色濃いのでその筋の人ならば楽しめる筈。但し,H.P.ラヴクラフト自らの手によるクトゥルー神話小説とは雰囲気が異なる点は要注意。題名ともなっている崑央の女王は所謂ヴァルーシアの蛇人間の系列に属する邪神の一柱だと思われますが,これは作者が想像した神柱でありましょう。“ヨス=トラゴン”の名前が登場したことには頬が緩みました。また,現代のインテリジェントビルでの物語と日中戦争時に起きた物語のふたつの時間軸が交錯するという構成も個人的にはかなり好み。20世紀初頭の混迷した世界情勢とクトゥルー神話との相性は格別であります。そもそも,クトゥルー神話の誕生からして,その年代なわけですしね。主人公の美貌の分子化学者・杏里も然ることながら,中国人の老科学者リー博士の存在感が抜群に良い。当初は胡乱な雰囲気を漂わせていますが,後半は完全に彼女の動向に魅せられていました。物語としてはやや物足りない部分も感じますが,クトゥルフ神話アクション小説として充分に楽しめる作品ではあります。如何にも作者らしい魔術的な要素も個人的にはかなり楽しめました。崑央の女王と人間との戦いの発端であると捉えることも出来ますので,是非とも戦いの顛末を描いて欲しいものであります。
タグ:朝松健
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2013年09月17日

アランナ・ナイト『蒸気機関車と血染めの外套』

〈2013年読書感想12冊目〉


 ヴィクトリア朝を舞台とした〈刑事ファロ〉シリーズの第三作目。蒸気機関車から姿を消した淑女の謎に迫るファロ警部補の活躍が描かれます。前作『エジンバラの古い柩』の結末があまりにも衝撃的過ぎたので今作は如何なることかと期待していたのですけれども,拍子抜けする程に殆ど触れられていないのが余りにも悲しい。事件そのものも容易に真相が見通せて全く面白さを感じません。登場人物に特段の魅力を感じない本シリーズにおいて,物語にさえも際立った楽しみを得ることが出来なければ,読書をする価値を見出せなくなってしまいます。創作と史実の均衡もやや気になるところ。ヴィクトリア朝を代表する人物の名前が物語に登場するのは嬉しいのですが,そこで止まってしまっているのが残念に過ぎます。前作の如く,意外な形で物語に密接に関わってこなければ,それは単なる雰囲気作りでしかありません。歴史ミステリィを標榜するならば,そのあたりも期待したいところであります。いずれにせよ,前作の結末に過剰な期待感を抱いてしまった印象が強いです。今作で得てしまった失望感を覆すほどの作品を今後願いたいと思います。単純に前作がシリーズを代表する白眉であったという可能性の方が高いのかもしれませんけれども。
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2013年09月16日

笹本祐一『星のパイロット』

〈2013年読書感想11冊目〉

 〈星のパイロット〉シリーズ第1作目。再読となりますが,後書きを読んでいる限りでは特に最終盤の描写が大きく改変されているようです。このあたりは旧版を発掘出来たら読み比べてみたいもの。初出が1997年と,約15年以上前の作品であるのに古さを感じさせないのが素敵です。或いは初出の段階で近未来を舞台としていたにも関わらず,何処か懐かしい雰囲気が漂っていたということを指摘するべきなのかもしれません。笹本祐一作品の読者であれば馴染みであるだろう,作者の好きな要素がふんだんに盛り込まれた楽しい宇宙開発SF小説に仕上がっております。とにかく雰囲気が素晴らしく楽しい。登場人物による軽妙な会話もたまらなく好みであります。主人公の美紀も然ることながら,社長のジェニファーと事務のナニーが非常に魅力的なのですよね。メカニックのヴィクターも大好き。作中で美紀が挑むシミュレーター51-Lは生中継でその有様を見た身にはやはり心に来るものがありました。ロケットを宇宙に飛ばす,端的に言えばその一連の流れだけを描いた小説なのにここまで面白いというのが素晴らしいです。やっぱり自分の趣味の一端は笹本祐一作品に確かに影響を受けているのだなあと実感させられます。
タグ:笹本祐一
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2013年09月10日

東直己『駆けてきた少女』

〈2013年読書感想10冊目〉

 〈ススキノ探偵〉シリーズの第6作目。これまでの作品の中では一番気に入らない感じ。面白くないわけではないけれど,物語の展開が釈然としない上に結末にも全く納得できません。後書きによると『ススキノ,ハーフボイルド』と『熾火』という別シリーズの作品を読むことによって物語の真の完結を見るらしいのだけれど,逆を返せば本書だけでは不完全な物語であるということも出来ます。それは上手く機能すれば頗る面白いと思うのですが,少なくとも本作品では良い方向に作用はしていません。主人公である“俺”は終始事態に翻弄されており,爽快感に欠けるのも負の評価となってしまいます。高田や松尾,種谷ら馴染みの人物が総登場するのはある種のお祭りめいていて楽しかったのですけれどね。寧ろ,本作品において“俺”を完全に手玉に取っていた柏木香織の存在感が目立っていた気がします。一方で思わせぶりに登場しながら全く活躍の場が与えられなかった松井省吾の存在意義は微妙。『ススキノ,ハーフボイルド』では主人公を務めるとのことですが,それならそれで本作品でも一定の出番を設けて欲しかったように思います。それにしても終盤での盛り上がりのなさは読んでいて辛いものがあります。理不尽に対して憤る“俺”の姿は変わらずに好ましいのだけれど,物語が散漫過ぎて焦点が定まっていない気がします。かなり消化不良気味なのが残念でした。他作品との連携を体験すれば,多少は感想は変わるかもしれませんけれども。でも,やはり本作品単体での評価は低いです。
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2013年08月18日

高井忍『本能寺遊戯』

〈2013年読書感想9冊目〉

 女子高生三人組の歴史談義形式で描かれる歴史ミステリィ短篇集。題材は本能寺の変,ヤマトタケル,春日局,弓削道鏡など4篇に結末篇の計5篇が収められています。基本的にはそれ程目新しさは感じなかったのですけれど,主人公の三人組の魅力も相まって楽しく読むことが出来ました。この種の作品らしく二転三転する歴史談義も実に面白い。想像力を存分に刺激されます。優等生の姫之,所謂歴女の亜沙日,海外からの交換留学生ナスチャと歴史談義に加わる女子高生たちがそれぞれの立ち位置から違った角度で歴史の真相を目指すというのが面白いです。個人的には姫之が一番好みなのですが,結果的には一番気の毒な立場だったというのが残念。正統な歴史の徒はこの種の作品ではどうしても不遇を託ってしまうのは仕方がないのかな。物語としては表題作の「本能寺遊戯」が一番面白かった。結尾を彩る「『編集部日誌』より」の意外な展開も悪くないのだけど,奇をてらい過ぎているように思うのは自分が姫之贔屓だからかもしれません。何はともあれ,日本史好きにはたまらない歴史ミステリィと言えるでしょう。連作短篇集の為に気軽に読めるのも嬉しいところです。この三人組を主人公に据えた続篇も書いて欲しい。その時は是非とも姫之にいい目を見せて欲しいものであります。
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